山の湧き水で暮らす町【採水地の水】大町〜長野県〜
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長野県大町市(おおまちし)は、北アルプス(飛騨山脈)の東の麓、鹿島槍ヶ岳や爺ヶ岳を背にした「水のまち」です。市の水道は浄水場を持たず、北アルプスの湧水に塩素消毒だけを施して家庭に届けています。山から流れ出た高瀬川は南へ下って安曇野に入り、そこで名水百選・安曇野わさび田湧水群となって再び地表に湧き出します。
本記事は、大町を「採水地」として見たときの地質・水系・歴史を、大町市の水道ビジョン、市立大町山岳博物館の研究紀要、安曇野市と環境省の公式資料、地下水学会誌の論文を出所にして整理する「土地と水の記事」です。宅配水として大町の湧水を届けている会社の公表値は、記事の後半で「企業公式」として別枠にまとめます。
結論:大町の水を3行で
- ・大町市の上水道は居谷里・矢沢・上白沢・白沢の4つの湧水を水源とし、浄水方式は「塩素消毒のみ」。1924年(大正13年)12月に居谷里水源から給水が始まりました(大町市水道ビジョン)
- ・「北は白岳から南は槍ヶ岳までの北アルプスの峰々を西端とする大町市は、大きな水がめを背負っている」。北アルプスは西からの気流の障壁になり、冬の雪も夏の雨も大量にもたらします(市立大町山岳博物館研究紀要)
- ・大町を流れ下る高瀬川は安曇野の複合扇状地の末端で湧き出し、日量70万トンの安曇野わさび田湧水群(昭和の名水百選)になります(環境省)
以上は大町市「大町市水道ビジョン」、市立大町山岳博物館研究紀要、安曇野市「安曇野水物語」、環境省の名水百選ポータルの記載にもとづきます(いずれも2026年9月調査)。以下で順に見ていきます。


大町の水はどこから来るか
北アルプスという「大きな水がめ」
市立大町山岳博物館研究紀要に掲載された鈴木ほか(2023)は、大町の水の源を次のように説明しています。日本は偏西風帯にあり、高気圧や低気圧は西から東へ移動する。南北に連なる北アルプスはこの西からの擾乱に対して障壁の役割を果たすため、「北アルプスには寒候期の雪のみならず暖候期の雨も大量にもたらされます」。そして「北は白岳から南は槍ヶ岳までの北アルプスの峰々を西端とする大町市は、大きな水がめを背負っているのです」。
同じ論文は、大町を流れる川を挙げています。槍ヶ岳から北へ流れて南へ転じる高瀬川、針ノ木大雪渓を水源とする篭川、カクネ里氷河を源の一つとする鹿島川、仁科三湖から流れ下る農具川。市街地と田畑には「堰」と呼ばれる人工の水路が縦横に巡り、人々の営みを支えています。居谷里湿原や唐花見湿原のある東山も水源の一つです。
浄水場のない水道
大町市の「大町市水道ビジョン」によると、市の上水道は計画給水人口9,500人・1日最大給水量1,995m³の規模で創設の認可を受け、1924年(大正13年)12月に居谷里水源から大町地区への給水を始めました。現在の上水道の水源は、居谷里水源(湧水・計画取水量3,162m³/日)、矢沢水源(同6,592m³/日)、上白沢水源(同2,673m³/日)、白沢水源(同460m³/日)の四つの湧水で、浄水方式はいずれも「塩素消毒のみ」。地下水の井戸は予備水源として位置づけられています。上水道の給水人口は25,150人、普及率は100%です(平成30年度決算資料による)。

扇状地と湧水のしくみ
川の水が地下へ「伏没」する
大町の南に続く安曇野市は、地下水のしくみを公式サイトで次のように説明しています。「北アルプスに降った雨や雪は、小さな沢となり、大きな河川を通じて安曇野の扇状地へ流れ込みます。この水の一部は地下へ浸透し、松本盆地という『大きな水がめ』に貯えられます」。扇状地の上流部では河床が水を通しやすいため、川の水が地下へにじみ出て地下水になる。これを「伏没(ふくぼつ)」といいます。地下水は高い所から低い所へ流れ、盆地の中で最も標高の低い犀川・高瀬川合流部付近へ集まります。
大町市は、この松本盆地の北の入口にあたります。北アルプスから出た川が最初に平地へ出る場所で、伏没が始まる上流側です。大町の湧水と安曇野の湧水は、同じ山に降った水が、地表と地下を交互に通りながら南へ下っていく一つの流れの、上流と下流にあたります。
言えること・言えないこと
言えること:大町市の上水道の水源が四つの湧水で塩素消毒のみであること(大町市水道ビジョン)、北アルプスが大町の水がめであり高瀬川・鹿島川などが市を流れること(鈴木ほか2023)、安曇野の地下水が北アルプスからの伏没で涵養されること(安曇野市)、安曇野わさび田湧水群が高瀬川などの複合扇状地の末端に位置すること(環境省)。
言えないこと:大町の湧水が地下にとどまる年数、宅配水会社の採水点と市の水道水源の関係。企業は原水を「矢沢水源」と公表しており、同じ名前の水源が大町市水道ビジョンに上水道の水源として載っていますが、両者が同一の取水施設かどうかは公表資料から確認できないため、本記事では断定しません。


塩の道と水のまち
水と共に生きてきた町
鈴木ほか(2023)は、2022年に市立大町山岳博物館で開かれた企画展「大きな水がめとしての北アルプス、そして水のまち大町」の内容を記録した論文です。企画展は、水が循環する仕組み、北アルプスで降水量が多くなる理由、「白いダム」としての山の雪の役割を解き明かし、先史時代から現在までの大町の水と人との関わり、淡水魚を捕る民具、町並みに残る水にまつわる営み、水の民話を紹介しました。「人々は水と密接に関わりながら生きてきました」というのが企画展の視点です。
大町市の水道の歴史もこの視点で読めます。1924年に居谷里水源から始まった水道は、1954年(昭和29年)に大町・常盤村・社村・平村が合併して大町市が誕生した後、1958年に社北部へも居谷里水源から供給を始め、以後6次にわたる拡張で簡易水道を統合してきました(大町市水道ビジョン)。大町市観光協会は、大町を「北アルプスを源とする信濃川水系最上流の水源地帯」と位置づけ、「水が生まれるまち」と呼んでいます。
地下水を守る合意
下流の安曇野市では、地下水の利用をめぐる合意形成の事例が地下水学会誌に報告されています(山本2020)。安曇野市の水道は「水源が100%地下水」で、大規模な浄水場を持たず、消毒用の塩素を最小限注入するだけの処理です(安曇野市)。上流の大町と下流の安曇野が、同じ水がめの水をどう分け合い守るかは、この地域の暮らしの中心にある問いです。
同じ水系の名水百選
安曇野わさび田湧水群(安曇野市・昭和の名水百選)
環境省の名水百選ポータルは、安曇野わさび田湧水群を「北アルプスの雪解け水である安曇野の伏流水は豊富な水量を保ち、古くから新田の開墾や用水・堰の開削に利用されてきた」と紹介し、「犀川、穂高川、高瀬川が合流する複合扇状地の末端地域に位置し、日本一の規模を誇る大王わさび農場を始め、多くのわさび田が散在する」と記しています。湧水量は日量70万トンで、真夏でも水温が15度を超えることはありません。大正時代からわさびの栽培に使われ、その排水はニジマスの養殖に回す循環利用が続いています。
ここに名前の出る高瀬川は、大町の市街地の脇を流れ下る川です。大町の山に降った水が高瀬川を下り、安曇野の扇状地で地下にもぐり、わさび田の底から湧き出す。二つの市の名水は一本の川でつながっています。安曇野の湧水の歩き方は、当サイトの名水記事安曇野わさび田湧水群の歩き方(長野)で紹介しています。
公表されている水質(企業公式)
大町市を採水地とする宅配水について、会社が公式サイトで公表している内容を整理します。以下は企業の公表値であり、当サイトが測定したものではありません。数値は2026年9月6日に公式サイトで確認しました。
| 社名・商品名 | 採水地(公式記載) | 硬度 | pH | その他の公表値 |
|---|---|---|---|---|
| 楽楽エージェント「信濃湧水」 | 長野県大町市・北アルプス標高1,220mの矢沢水源 | 16mg/L(超軟水と記載) | 公式ページに記載なし | 「北アルプスの矢沢水源を原水とする天然湧水」と記載。個別ミネラルの数値は記載なし |
信濃湧水は水源の標高を1,220mと公表し、「水源地としては日本でも指折りの高さ」と説明しています。硬度16mg/Lは、当サイトが扱う宅配水の中でも低い値です。硬度の計算方法は硬度とは、軟水・硬水の区分は軟水と硬水の違い、宅配水各社の横並びは宅配水5社の硬度一覧をご覧ください。
この水源の水を家で飲むなら
大町市を採水地とする宅配水は、上の表の信濃湧水です。当サイトは2026年9月時点でこの会社と提携しておらず、本記事には商品の案内リンクを置いていません。他社との比較はウォーターサーバー10社比較で整理しています。
まとめ
- ・大町市の上水道は居谷里・矢沢・上白沢・白沢の4つの湧水が水源で、浄水方式は塩素消毒のみ。給水は1924年に始まりました
- ・北アルプスは西からの気流の障壁になって雪と雨を大量に受け、大町市は「大きな水がめを背負っている」(市立大町山岳博物館研究紀要)
- ・高瀬川・篭川・鹿島川・農具川が市を流れ、市街地と田畑には堰が巡ります
- ・川の水は安曇野の扇状地で地下に伏没し、松本盆地という水がめに蓄えられます(安曇野市)
- ・安曇野わさび田湧水群(昭和の名水百選)は高瀬川などの複合扇状地の末端に湧く日量70万トンの湧水で、大町の水と一本の川でつながっています
- ・宅配水1社の公表値は矢沢水源(標高1,220m)・硬度16mg/L(企業公式)です
出典
一次資料(政府機関・公的機関の公表資料および査読論文)。リンクの到達性は2026年9月6日に確認しました。
- ・大町市|大町市水道ビジョンの策定について|水道ビジョン本文(PDF)への入口。本文に、居谷里・矢沢・上白沢・白沢の4湧水と計画取水量、浄水方式「塩素消毒のみ」、1924年12月の給水開始、計画給水人口9,500人・1日最大1,995m³、給水人口25,150人・普及率100%、1954年の合併と拡張の経過が記載
- ・大町市|大町市水道ビジョン(本文・PDF)|上記の数値の直接の根拠(第2章 水道事業の概要)
- ・鈴木啓助・関悟志・栗林勇太・関本景香(2023)|企画展「大きな水がめとしての北アルプス、そして水のまち大町」|市立大町山岳博物館研究紀要 8巻 39-58|DOI: 10.34529/oam.8.0_39|北アルプスが水がめであること、偏西風と障壁の仕組み、高瀬川・篭川・鹿島川・農具川、堰、居谷里湿原、企画展の内容の根拠
- ・安曇野市|地下水のしくみ ー名水は旅をするー|涵養・伏没・松本盆地という水がめ・犀川と高瀬川の合流部へ集まる地下水の根拠
- ・安曇野市|水道水は地下水100%|安曇野市の水道が地下水100%で大規模な浄水場を持たないことの根拠
- ・環境省|名水百選ポータル 安曇野わさび田湧水群(長野県安曇野市)|北アルプスの雪解け水の伏流水、犀川・穂高川・高瀬川の複合扇状地の末端、日量70万トン、水温15度未満、わさび栽培と養殖の循環利用の根拠
- ・山本晃(2020)|長野県安曇野市における地下水ガバナンスに係る合意形成事例|地下水学会誌 62巻2号 183-189|DOI: 10.5917/jagh.62.183|安曇野市の地下水利用をめぐる合意形成が報告されていることの根拠
- ・藪崎志穂(2012)|名水を訪ねて(99)松本盆地周辺の名水|地下水学会誌 54巻4号 229-247|DOI: 10.5917/jagh.54.229|松本盆地周辺の名水を解説した学会誌記事(背景として参照。本文の数値は本記事で使っていない)
- ・環境省|名水百選ポータル|「選定された名水は飲用に適することを保証するものではありません」の注記の根拠
参考サイト
観光情報と企業公式の公表値
- ・大町市観光協会|水の学校(探究学習プログラム)|「北アルプスを源とする信濃川水系最上流の水源地帯」「水が生まれるまち」の根拠|確認日2026-10-04
- ・楽楽エージェント|信濃湧水の故郷(企業公式)|採水地(大町市・矢沢水源・標高1,220m)・硬度16の公表値|確認日2026-10-04
画像クレジット
本文の写真はWikimedia Commonsに投稿された現地の実写で、いずれも商用利用可のライセンスです。撮影者・ライセンス・元ファイルは次のとおりです。
- ・アイキャッチ背景:撮影:Suzumiya Haruka/Wikimedia Commons/CC BY 2.0(切り取り・縮小し、県の地図輪郭を重ねて加工)
- ・本文1枚目:撮影:Alpsdake/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0
- ・本文2枚目:撮影:BehBeh/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0
- ・本文3枚目:撮影:Tetsuya Umikawa/Wikimedia Commons/CC BY 3.0
- ・本文4枚目:撮影:Uryah/Wikimedia Commons/CC BY-SA 3.0
※アイキャッチ画像の都道府県の地図輪郭は、「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成しています。