生成AIは1回で水を何mL使うのか——数字の出どころをたどる
「生成AIに1回質問するたびに、ペットボトル1本分の水が使われている」——この種の説明を目にしたことがある方は多いと思います。数字はいくつも出回っていて、しかも同じ話のはずなのに値が違います。この記事では、その数字がどの論文の、どの版の、どの前提で出たものなのかを、原典までたどって整理します。結論を先に言えば、広く引用されている数字は改訂されています。
先に要点をまとめると、次の3点です。
- ・出どころは Li・Yang・Islam・Ren の論文「Making AI Less “Thirsty”」(arXiv:2304.03271)です。最新の第5版(2025年3月26日改訂)は「GPT-3は中くらいの長さの応答およそ10〜50回分で、500mLボトル1本の水を消費する」と書いています
- ・この数字には「いつ・どこで運用されるかによる」という条件が付いています。地域と季節で値が変わるため、ひとつの数字に固定できません
- ・さらに「取水量」と「消費量」は別物です。この論文の500mLは消費量(蒸発した分)の話で、取水量ではありません
順番に見ていきます。
数字の出どころは1本の論文
生成AIと水を結びつける数字は、ほぼすべてが1本の論文にさかのぼります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | Making AI Less “Thirsty”: Uncovering and Addressing the Secret Water Footprint of AI Models |
| 著者 | Pengfei Li/Jianyi Yang/Mohammad A. Islam/Shaolei Ren |
| 所属 | カリフォルニア大学リバーサイド校(Li/Yang/Ren)、テキサス大学アーリントン校(Islam) |
| プレプリント | arXiv:2304.03271(初版 2023年4月6日) |
| 最新版 | 第5版(v5)・2025年3月26日改訂 |
| 査読 | Communications of the ACM に採録(v5のコメント欄に「Accepted by Communications of the ACM」と記載) |
ここで最初の注意点です。この論文は版を重ねており、版によって数字が違います。arXivのプレプリントは、査読を経る過程で内容が改められることがあります。2023年に広まった数字を引用している記事は、初期の版を見ている可能性があります。
最新版が書いている数字
第5版(2025年3月26日改訂)の本文は、次のように書いています。
- ・GPT-3の学習——「1,750億パラメータのGPT-3モデルを例に、Microsoftの米国データセンターでGPT-3を学習させると合計540万リットルの水を消費しうる。このうち70万リットルがスコープ1(施設内)の水消費量にあたる」
- ・1回あたり——「GPT-3は、中くらいの長さの応答およそ10〜50回分で、500mLボトル1本の水を『飲む』(=消費する)。ただしいつ・どこで運用されるかによる」
- ・将来推計——「世界のAIによるスコープ1とスコープ2を合わせた取水量は、2027年に42億〜66億立方メートルに達すると見込まれる」
「10〜50回で500mL」を1回あたりに割り直すと、1回あたり10〜50mLという幅になります(500mLを50で割ると10mL、10で割ると50mL。この割り算は当社が行ったもので、論文が1回あたりの値として示しているわけではありません)。
幅が5倍あります。これは誤差ではなく、運用の条件が違えば実際に5倍変わるという意味です。論文自身が「いつ・どこで運用されるかによる」と条件を明示しています。
取水量と消費量を混ぜてはいけない
この分野の数字を読むうえで、いちばん間違えやすいのがここです。論文は冷却塔の場合について、2つの語をはっきり分けています。
| 語 | 何を指すか |
|---|---|
| 取水量(water withdrawal) | 加えた水の量。蒸発した水と排出した水の両方を含む |
| 消費量(water consumption) | 蒸発した水の量だけ |
論文は「水質が良ければ、取水量のおよそ80%が蒸発して『消費』とみなされる」とも書いています。つまり同じ設備の話でも、取水量で語るか消費量で語るかで数字が2割ほど変わります。
先ほどの「500mLボトル1本」は消費量の話です。一方、2027年の「42億〜66億立方メートル」は取水量の話です。同じ論文の中でも語が使い分けられているので、引用するときはどちらの話か確認する必要があります。
スコープ1とスコープ2
もうひとつの区別が、水を使う場所です。
- ・スコープ1——データセンターの敷地内で、冷却のために使う水
- ・スコープ2——そのデータセンターが使う電気をつくるときに、発電所で使われる水
GPT-3の学習の例で言えば、合計540万リットルのうちスコープ1は70万リットルです。残りの大部分は発電所側の水ということになります。「データセンターが水を使う」という表現は、この2つを合わせているのか、施設の中だけの話なのかで意味が大きく変わります。
なぜ数字がこれほどぶれるのか
論文は、ぶれる理由も説明しています。冷却の方法と気候の条件で、1kWhあたりに蒸発する水の量が変わるためです。
論文は「天候や運転条件によって、データセンターはサーバーの電力1kWhあたりおおよそ1〜9リットルを蒸発させうる」と述べ、その両端の例として1L/kWh=Googleの全世界・年間の施設内の水効率、9L/kWh=アリゾナ州の大規模商用データセンターの夏季を挙げています(arXiv:2304.03271v5・2026年9月9日確認)。
同じ1kWhでも9倍の開きがあります。この幅がそのまま「10〜50回で500mL」の幅につながっています。1つの数字で語れる性質のものではない、というのが実態です。
なお論文は、外気冷却に水の蒸発を補助的に使う方式についても触れており、この場合はMetaの報告にもとづくと加えた水のうち約70%が消費されると述べています。冷却方式によって、取水量と消費量の関係そのものが変わるということです。
では、各社の実際の数字と突き合わせられるのか
推計が幅を持つなら、各社が出している実績と照らせばいい——と考えたくなります。ところが、そこが難しいのが現在地です。
当社は姉妹サイト「AIライフライン」の水章で、大手クラウド・データセンター事業者15社の開示状況を月次で確認しています。2026年8月21日の確認時点で、WUE(水利用効率)の数値まで開示していたのは15社のうち4社でした。取水量・総量までが7社、当社が確認した範囲では水の開示を見つけられなかったのが4社です。
つまり15社のうち11社は、電力あたりの水効率という形の数字を出していません。論文の推計を各社の実績で検証しようにも、突き合わせる相手が揃わないのです。報道で大きな数字が語られる一方、その裏づけを自分で確かめる手段が限られている——これがこの分野の構造です。開示の段階と各社の公式ページの所在は、別の記事で整理しています(クラウド15社の「水の開示」はどこまで進んだか——4段階で読む)。
数字を見かけたときの5つの確認
「生成AIで水が◯mL」という数字を見かけたら、次の順に確かめると、その数字が使えるものかどうかが分かります。
- 1. 【手順1】誰が出した数字か——一次資料は論文か企業の公表資料です。まとめ記事の孫引きで止まらず、原典まで戻ります
- 2. 【手順2】いつの版か——arXivのプレプリントは改訂されます。この論文も第5版で数字が変わっています
- 3. 【手順3】どのモデルか——上記の値はGPT-3(1,750億パラメータ)が前提です。別のモデルの値ではありません
- 4. 【手順4】取水量か消費量か——語が違えば、同じ設備でも数字が変わります
- 5. 【手順5】スコープ1か、スコープ1+2か——施設内だけの話か、発電所の水を含む話かで桁が変わります
まとめ
- ・広く引用される数字の原典は arXiv:2304.03271。最新の第5版(2025年3月26日改訂・Communications of the ACM 採録)は「GPT-3は中くらいの長さの応答およそ10〜50回分で500mLボトル1本を消費する」と書いています
- ・1回あたりに割り直すと10〜50mLですが、この幅は誤差ではなく、運用の時期と場所で実際に変わる幅です
- ・取水量(蒸発分+排出分)と消費量(蒸発分のみ)は別物で、水質が良ければ取水量の約80%が消費に当たるとされています
- ・GPT-3の学習は合計540万リットル、うち施設内(スコープ1)は70万リットル。残りは発電所側の水です
- ・15社のうちWUEの数値まで出しているのは4社(2026-08-21確定)。推計を実績で検証する材料は、まだ揃っていません
数字そのものより、その数字に付いている条件のほうが情報量が多い、という分野です。500mLという値を覚えるより、「いつ・どこで・どのモデルで・どちらの量か」を確かめる癖を持つほうが役に立ちます。
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出典
一次資料(査読論文および当社の観測データ)
- ・Pengfei Li, Jianyi Yang, Mohammad A. Islam, Shaolei Ren「Making AI Less “Thirsty”: Uncovering and Addressing the Secret Water Footprint of AI Models」arXiv:2304.03271v5|論文のタイトル・著者・改訂日(2025年3月26日)・Communications of the ACM への採録、GPT-3の学習で合計540万リットル(うちスコープ1が70万リットル)、応答およそ10〜50回で500mLボトル1本を消費するという記述と「いつ・どこで運用されるかによる」という条件、2027年に世界のAIのスコープ1+2の取水量が42億〜66億立方メートルに達するという推計、冷却塔における取水量と消費量の定義および水質が良い場合に取水量の約80%が蒸発すること、サーバー電力1kWhあたりおおよそ1〜9リットルの蒸発(1L/kWhはGoogleの全世界年間の施設内水効率、9L/kWhはアリゾナ州の大規模商用データセンターの夏季)、外気冷却に水の蒸発を補助的に使う方式ではMetaの報告にもとづき加えた水の約70%が消費されること|確認日2026年9月9日
- ・AIライフライン|水章|大手クラウド・データセンター事業者15社のうちWUEの数値まで開示しているのが4社であること(取水量・総量7社/方針・目標のみ0社/開示なし・確認できず4社)|確定日2026-08-21・確認日2026年9月9日
- ・AIライフライン|水章 機械可読データ(water_jp.json)|上記の社数の原データと、「各社の数値は転載しない」という観測方針|確認日2026年9月9日
データ出典:AIライフライン 水章
この記事で「推計を実績で検証する材料が揃っていない」と書いた根拠は、当社が運営する定点観測サイト「AIライフライン」の水章です。引用するのは確定日の付いた値だけで、暫定値は使いません。
- ・WUE数値まで開示している事業者数:4社(2026-08-21 確定)
- ・内訳(同章の記載):2026-08-21 確認時点で、大手15社のうち4社です。取水量・総量レベルの開示は7社、方針・目標のみ0社、開示なし・確認できず4社。
- ・出典:AIライフライン 水章(確定日 2026-08-21)
- ・機械可読データ:water_jp.json
- ・この章は観測中で、良否の基準は定めていません。数値の増減が「良い・悪い」を意味するものとして引用しないでください
- ・この章から言えないこと:各社の実際の水使用量や WUE の数値(各社の数値は転載しない方針・2026-08-21 裁定)/国内データセンターが水源や地域の水供給に与える影響(取水量・水源の系列は観測していない)/開示している社数の多寡が「良い・悪い」に当たるか(開示は各社の任意であり、基準を定めていない)。
- ・次の更新予定:2026-09(更新のたびに確定日が進みます。引用時は上のURLで最新の確定日をご確認ください)