仮想水(バーチャルウォーター)とは

仮想水(バーチャルウォーター)とは、食料を輸入している国が「もしその輸入食料を自分の国で生産するとしたら、どの程度の水が必要か」を推定したものです。環境省の公表資料によると、2005年に海外から日本に輸入されたバーチャルウォーター量は約800億立方メートルで、これは日本国内の年間水使用量と同程度にあたります(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。

つまり日本は、蛇口から使う水とほぼ同じ規模の水を、食料というかたちで「見えないまま」海外から受け取っている——これが仮想水という考え方の核心です。本記事では、環境省の公表内容にもとづいて、仮想水の定義、日本の輸入量の規模、食べ物と水の関係を順に解説します。数字はすべて出典を確認できるものだけを使います。

仮想水(バーチャルウォーター)とは:定義と考え方

環境省のページでは、バーチャルウォーターは「食料を輸入している国において、もしその輸入食料を生産するとしたら、どの程度の水が必要かを推定したもの」と定義されており、アンソニー・アラン氏が紹介した概念であることが説明されています(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。

ポイントは、実際に水そのものが輸入されているわけではない、という点です。船で運ばれてくるのは小麦やトウモロコシや牛肉であって、水ではありません。しかし、それらの食料が育つ過程では、産地で確かに水が使われています。輸入国の側から見れば、「自国で作っていれば使ったはずの水」を使わずに済んだ、とも言い換えられます。この「使わずに済んだ水」「産地で代わりに使われた水」を数字にしたものが仮想水です。

蛇口の先で使う「見える水」と、食べ物の生産に使われる「見えない水」を左右に並べて対比した図
仮想水は、食べ物の側で使われている「見えない水」に数字を与える考え方です。図:水のソムリエ編集部作成

「見えない水」を数える発想

私たちが普段「水を使う」と意識するのは、飲む・料理する・洗う・お風呂に入るといった、蛇口の先の行為です。しかし食べ物の側にも、栽培のための灌漑、家畜の飼育といったかたちで水が使われており、こちらは食卓からは見えません。仮想水は、この見えない部分に数字を与えることで、「自分の暮らしがどこの水とつながっているか」を考えられるようにする道具だと言えます。

日本の仮想水輸入量:約800億立方メートルという規模

環境省のページには、次の内容が示されています(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。

この試算は、東京大学生産技術研究所の沖大幹教授グループによるもので、環境省と日本水フォーラムが2005年のデータをもとに算出したものです(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。原文は環境省の公式ページ(環境省「バーチャルウォーター」)で読むことができます。

2005年に輸入されたバーチャルウォーター量約800億立方メートルと、日本国内の年間水使用量が同程度であることを2本の帯で並べた図
2005年の輸入仮想水量は約800億立方メートルで、国内の年間水使用量と同程度とされています。図:水のソムリエ編集部作成

数字をどう読むか

「約800億立方メートル」という数字は大きすぎて実感しにくいのですが、環境省が添えている「日本国内の年間水使用量と同程度」という比較が、規模をつかむ手がかりになります。日本中の家庭・工場・農地が1年間に使う水と同じくらいの水が、輸入食料の生産のために海外で使われている計算になる、ということです。

言い換えると、日本の水の使い方を考えるとき、国内の蛇口や水田だけを見ていては全体の半分しか見ていないことになります。残りの半分は、食料の産地である海外の川や地下水や雨とつながっている——仮想水の数字は、その構図を示しています。なお、2000年データ版(約640億立方メートル)と2005年データ版(約800億立方メートル)は算出時点が異なる試算であり、本記事では両方を環境省の記載のまま紹介するにとどめます。

畝に沿って緑のトウモロコシが育つ農地
トウモロコシの例では、生産に必要な灌漑用水の量が示されています。写真:Çağrı KANMAZ/Pexels

食べ物と水:トウモロコシと牛肉の例

食べ物ごとの水の量について、環境省のページには具体例として次の内容が挙げられています(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。

トウモロコシのような穀物は、畑での栽培に灌漑用水を使います。一方、牛のような家畜は、育つ過程で飼料となる穀物を食べ続けます。つまり牛肉の仮想水には、牛が直接飲む水だけでなく、飼料の穀物を育てるために使われた水が積み重なって含まれる、という考え方です。畜産物の数字が穀物より大きくなるのは、この「食物連鎖をさかのぼって水を数える」仕組みによるものです。

緑の作物が育つ農地で、スプリンクラーが水をまいているところ
灌漑用水とは、水源から農地へ人工的に水を引いて作物に与える水のことです。写真:Rodrigo Armendariz/Pexels

灌漑用水とは:農業と水の基礎知識

トウモロコシの例に出てくる「灌漑用水」とは、川や湖、地下水などの水源から農地へ人工的に水を引いて、作物に与える水のことです。雨だけに頼る農業と違い、灌漑を行うことで乾いた季節や乾いた土地でも作物を育てられるようになるため、灌漑は世界の農業を支える基本的な仕組みのひとつになっています。

つまり「トウモロコシ1kgに灌漑用水1,800リットル」という数字は、産地の川や地下水から実際にくみ上げられ、畑に注がれた水の量を推定したものです。作物は与えられた水を吸い上げ、葉から蒸散させながら育ちますから、この水の多くは収穫のときに作物の中に残っているわけではありません。それでも「その作物を育てるために産地の水源から引き出された水」であることに変わりはなく、仮想水はこの部分を数えています。

「多い・少ない」は善悪ではない

ここで注意したいのは、仮想水の数字は食べ物の善し悪しを決めるものではない、という点です。数字が示しているのは「その食料の生産にどれだけの水が関わったか」という事実であって、「食べてよいか悪いか」ではありません。水が豊富な土地で育てられたか、水が乏しい土地で育てられたかによっても、同じ数字の意味合いは変わってきます。数字は判断の材料であり、判断そのものではない——この距離感が、仮想水と付き合ううえで大切です。

仮想水の受け止め方:知ることから始める

仮想水は、特定の食生活をやめさせるための概念ではありません。肉を食べること、輸入食品を買うことは、それ自体が悪いことではなく、世界の食料システムの通常の営みの一部です。仮想水が促しているのは、行動の否定ではなく、つながりの認識です。自分の食卓が世界のどこかの水とつながっていると知っているかどうかで、水のニュース——たとえば産地の干ばつや水資源をめぐる議論——の受け止め方が変わってきます。

身近なところから仮想水を意識してみたい方は、次のような手順で考えてみるのがおすすめです。

【手順1】今日の食事から一品を選び、主な原材料を思い浮かべる(例:パンなら小麦、牛丼なら牛肉と米)

【手順2】その原材料が国産か輸入かを、パッケージの表示などで確認してみる

【手順3】輸入品であれば、その生産に使われた水は産地の水である——という視点で、食卓と海外の水のつながりを想像してみる

これだけでも、「水を大切にする」というテーマが、蛇口を締めることだけではない広がりを持っていることが実感できるはずです。

仮想水についてよくある疑問

仮想水という言葉を初めて聞いた方が抱きやすい疑問を、3つ取り上げて整理します。

水そのものが輸入されているのですか?

いいえ。仮想水は実際に運ばれてくる水ではなく、あくまで「もしその輸入食料を自国で生産するとしたら必要になる水」の推定量です。ペットボトルの輸入水のように水が物理的に国境を越えるわけではありません。「仮想(バーチャル)」という名前のとおり、食料貿易の裏側にある水の量を概念として見えるようにしたもの、と理解するのが正確です。

数字はどこまで正確なのですか?

仮想水の数字は実測値ではなく試算です。本記事で紹介した約800億立方メートルという値は、東京大学生産技術研究所の沖大幹教授グループの試算で、環境省と日本水フォーラムが2005年のデータをもとに算出したものです(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。2000年データにもとづく試算では約640億立方メートルと、用いるデータの時点によって値が変わることからも分かるとおり、仮想水は「厳密なひとつの正解」ではなく「規模感をつかむための推定」として受け取るのが適切です。

輸入を減らせば水を守れるということですか?

そう単純ではありません。仮に輸入食料を国内生産に置き換えれば、今度はその生産のために国内の水を使うことになります。また、産地の水の豊かさは土地ごとに異なるため、「輸入=水の浪費」と決めつけることもできません。仮想水は「輸入をやめるべきだ」という結論を導く道具ではなく、「食料と水はつながっている」という事実を認識するための道具です。何をどう選ぶかは、その認識の上で一人ひとりが考えることであり、本記事も特定の選択を推奨するものではありません。

世界とつながる日本の水

仮想水の視点に立つと、日本の水事情は国内だけで完結していないことが見えてきます。国内の年間水使用量と同程度の水を食料のかたちで海外に頼っているということは、産地の水資源の状態が、めぐりめぐって日本の食卓の安定にも関わってくるということです(規模の出所:環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。

水は地球全体で見れば循環していますが、いつ・どこで・どれだけ使えるかは土地によって大きく異なります。だからこそ、輸入を通じて他国の水と結びついている日本にとって、世界の水資源への関心は「遠い国の話」ではなく「自分の食卓の話」になります。仮想水という概念は、その橋渡しをしてくれる考え方だと言えるでしょう。

蛇口の節水と仮想水:ふたつの視点の関係

「水を大切に」と聞いてまず思い浮かぶのは、蛇口をこまめに締める、お風呂の残り湯を使うといった、家庭での節水でしょう。こうした行動はもちろん意味のあるものですが、仮想水の視点はそれとは別の層にあります。家庭の蛇口から使う水が国内のダムや浄水場につながっているのに対し、食卓の食材を通じて使っている水は、海外の川や地下水につながっているからです。

ふたつの視点は、どちらかが正しくどちらかが不要というものではありません。目の前の水を丁寧に使うことと、食べ物の向こう側の水に思いをはせること。この両方を持っておくと、水というテーマを立体的にとらえられるようになります。ふだん飲み水の水質や産地に関心を持っている方であれば、その関心を「食べ物が育った土地の水」まで一歩広げてみる——仮想水は、そんな入口として活用できる概念です。

まとめ

仮想水(バーチャルウォーター)とは、輸入食料を自国で生産すると仮定した場合に必要な水を推定したもので、アンソニー・アラン氏が紹介した概念です。環境省の公表資料によると、2005年に日本へ輸入された仮想水は約800億立方メートルで、大半は食料由来、日本国内の年間水使用量と同程度の規模にあたります(2000年データ版は約640億立方メートル。試算は東京大学生産技術研究所・沖大幹教授グループによるもので、環境省と日本水フォーラムが算出)(環境省「バーチャルウォーター」ページ・2026年8月調査)。

トウモロコシ1kgに灌漑用水1,800リットル、牛肉1kgはその約20,000倍という具体例が示すとおり、食べ物の向こう側には大量の「見えない水」があります。仮想水は特定の食生活を否定するための数字ではなく、自分の暮らしと世界の水のつながりを知るための道具です。蛇口の先の水と食卓の向こうの水、そのふたつの視点を持つことが、水を大切にする暮らしの出発点になります。まずは今日の食卓から、見えない水を想像してみてください。

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水と社会のつながりについては、次の記事でも異なる角度から解説しています。

出典

一次資料(政府機関・公的機関の公表資料および査読論文)